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夏の間、ナザレの町の農夫たちは目を回すような収穫の忙しさに追われていた。ぶどうの収穫が一段落したと思うまもなく夏の果物やオリーブの収穫が始まっているのだ。母のダイナも、小さいながら家の周りにあるブドウ園やオリーブの収穫に忙しくしていた。
ルークは鍛冶屋の仕事を覚えることを楽しんではいたが、体中の筋肉痛に悩まされていた。トロアスでのスコラに通う毎日とは比較にならない肉体労働の日々にはまだ体がついていかない。夜になるとすぐに眠気が襲ってきて、朝までぐっすりと眠った。ルークがまじめに仕事をしている姿はナザレの人々の話題となっていた。井戸端の女たちの噂話は、好意的なものが多かった。ギリシャの血を引くルークの風貌は女たちの目に美しく映った。水くみに来たルークがヘブライ語で苦労している様子を見ると、我先に教えようとしていた。
ダイナとルークが帰ってきてから三週間後の安息日に、ナザレの人々はささやかな歓迎会を開いた。会堂での律法の朗読が終わった後に、人々は食事を持ち寄って会堂の庭に集まった。ナザレの長老たちが歓迎の言葉を述べた。竪琴や笛の演奏が続いた。女性たちが最も楽しんだのは、輪になって踊るダンスだ。ひょうきんな男たちが輪に加わろうとすると、大笑いしながら女たちは逃げた。男たちにはぶどう酒があればそれで良いようだった。
大工のジョセフの家族は全員で歓迎の歌を歌った。
「この歌は息子のジーザスが作りました。イザヤ書にあるエホバ神の約束を歌にしたものです。音痴の私が加わると変になってしまいますので、妻と子どもたちが歌います。どうぞお聞き下さい」
マリーとジーザスに挟まれて二人の弟たちと二人の妹たち、合計六人が息を合わせて歌いだす。
光なき目は見え 音なき耳は聞き
もつれし舌歌い 萎えたる足は踊り
屈みし腰は伸び 死の別れなき時
我らそこにおらん 報い忘るな
岩地に水湧き 荒野に花咲き
喜びの声地に満ち 子らは跳びまわり
美味き地の実り 豊かに刈る時
我らよみがえり見ん 報い忘るな
子羊と獅子の子 牛の子とおおかみの子
童が導く 陽を受けし丘に
悲しみと恐れ去り 涙のぬぐわれる時
我らは見ん神の国 報い忘るな
マリーの独唱とジーザスの独唱が入れ替わり、子供たちの合唱が加わった。人々は美しい歌声に聞きほれた。
ダイナとルークはひそかに練習していた「返歌」を歌うことを申し出た。ダイナが作った歌だった。
二人の歌声は風に乗ってナザレの町の空へと流れていった。
ナオミ言う 娘よ帰り行け 母の家に帰れよ
ルツは答ふ 我に帰ることを促すなかれ
我は汝の行くところに行き
汝の宿るところに宿らん
汝の民は わが民 汝の神は わが神
汝の死ぬるところに我は死にて葬られん
ルツの忠節 我らの模範 我らもかくあれ
我らの神を忘るな いと優れし愛の神を
二人の歌も人々の心に響いた。一度は故郷の町と神を捨てたダイナが、再び帰ってきたことは誰の心にも喜びとなっていたのだ。この歌には思わぬおまけもついた。ルークの懐から顔を出した猫のテオフィロが歌に合わせて鳴き声をあげたからだ。
「よく帰ってきたな」
「お帰りダイナ」
「ようこそルーク」
「ほんとうに嬉しいよ」
「一足先に『喜びの祭り』がやってきたようだね」
人々は口々にダイナとルークを歓迎した。
「マリー、ありがとう。家族合唱団なのね。感激したわ」
「ダイナ、あなたこそ。心のこもった歌だったわ。あなたの歌声をまた聞けるなんて夢のようよ。つらいことも多かったでしょうね。これからもいろいろあるでしょうけど、神様からの報いを見つめて頑張りましょうね」
親友たちは固く抱き合った。
「ルーク。いい歌声だったよ。びっくりした。今度は僕と一緒に歌おうよ。いい歌が作れそうだよ。友情の歌さ。すばらしい友を与えてくれた神様に感謝しなくちゃね…」
ジーザスは胸に手をおいたまま動かなくなった。
「ジーザス! 止まるなよ」
新しい親友たちは大声で笑った。