サイタ村には、あたたかな春の日ざしがふりそそいでいました。
森の木々はすっかり緑の葉でおおわれています。
村の西に植えられたたくさんのクリの木も、新しい葉をぐんぐん伸ばしていました。
もうすぐ、白くて小さな花が、細長いふさになって咲くでしょう。
そして秋には、大きなクリの実がたくさんなり、村の人たちをよろこばせてくれるはずです。
村の南側では、切り開いた畑にキビやヒエの種がまかれていました。
芽はすぐに顔を出し、元気に育っています。
秋には、小さな粒がたくさん実ります。
それは汁やおかゆにして食べる、大切な食べものです。
畑にはほかにも、いろいろな野菜が植えられていました。
ソランは、森の中にある炭小屋に来ていました。
タケルのお父さん、ハヤトの手伝いをするためです。
そこにはタケルとサトシ、それにサトシの弟のヨシミチもいました。
ヨシミチはまだ五さい。
タケルとサトシは、ソランより一つ年上の八さいです。
ハヤトは村長ダビドの、昔からの親友でした。
今日は子どもたちに、炭を作るための木を切る仕事を教えています。
春の森ほど気持ちのいい場所はありません。
やわらかな光と、草や木のさわやかな香りに満ちています。
鳥や動物、虫たちのいのちの音が、目や耳を楽しませてくれました。
「ホーホケキョ、ケキョケキョ」
ウグイスの声が、森の中にひびきます。
「あはは、ソラン! へっぴり腰だぞ!」
子どもたちの笑い声も、森の自然の一部のようでした。
ハヤトはソランに、斧の使い方を教えていました。
「ダビドが作った鉄の斧は、すごいんだぞ。石の斧の何倍も速く仕事ができる。
木を切るのも、炭を作るのも、ずいぶん楽になったんだ」
ハヤトはうれしそうに続けます。
「ダビドがこの村に来てから、いろんなことが変わった。
このサイタ村だって、あいつが長いあいだ探し回って見つけた土地なんだ」
ソランは首をかしげました。
「ダビドのこと、くわしくは知らないんです。母さんが、兄妹のように育った人がいるって言ってましたけど」
「そうか。トモはお嫁に行ったからな」
ハヤトは何度もうなずいてから、話を続けました。
「ダビドとトモは、本当に仲がよかった。まるで本当の兄妹みたいだったよ。
ダビドはこの国の言葉が話せなかったんだけど、一生けんめい覚えた。
村のみんなも、すぐにあいつを好きになった。
あいつはまっすぐな人間なんだ。誰にでも親切でな。
それに、神に祈る姿がすばらしい。
長いあいだ、じっと祈って動かなくなることもある。
でもな、みんな知ってるんだ。
そのあと、にっこり笑って戻ってくるってね」
ハヤトは、なつかしそうに笑いました。
「それから八年前だったかな。
サク村に三人の若者がやってきた。立派な馬に乗ってな。
その中の一人が、お前のお父さんだ」
「トクです」
「そうだ、トクだ。いい若者だったよ。
トモが湖で泳いでいるのを見て、一目ぼれしたらしい」
ソランはうれしそうに言いました。
「父さんも同じことを言っていました。
見たこともないくらい速くて美しい泳ぎだったって」
「そうだろうな。トモにかなう者はいなかった」
ハヤトは大きくうなずきました。
午後になると、森での仕事はひと区切りつきました。
ヨシミチだけが父親と残り、ほかの子どもたちは村へ戻ります。
新しい家づくりの手伝いをするためです。
村では、モリシゲとユキオという二人の若者が中心になって家を建てていました。
秋までにあと十軒も建てなければなりません。
「道草くうなよー!」
ハヤトの声を背に、三人は一斉に走り出しました。
競走です。
途中の大きな赤松の木まで、全力で走ります。
ころんだり、道をまちがえたりしたら負けです。
一番にたどりついたのはサトシでした。
つぎがソラン。
タケルは近道をして失敗し、少し遅れてしまいました。
三人は木の下に座り、肩を寄せ合って息を整えます。
その頭の上では、フクロウが巣を作っていました。
「この前見たら、卵が三つあったんだ」
タケルが言いました。
「ほんと? 見たいなあ!」
ソランは目を輝かせます。
「安息日に見に来ようよ。シジュウカラの巣も見つけたんだ。卵が九つもあったよ」
サトシが言いました。
「よし決まり!……でもさ、この前いかだ作るって言ってたよな?」
「安息日って忙しいね!」
三人は顔を見合わせて、声をあげて笑いました。
夕方。
サイタ村の西の丘から見る海は、とても美しい景色でした。
岩の上に、ソランと母のトモが並んで座っています。
ここは二人のお気に入りの場所でした。
「ねえ、ソラン」
トモがやさしく言いました。
「ダビドといっしょにサク村へ行ってこようと思うの。
おじいさんやおばあさんに、元気だって伝えたいのよ」
「うん、大丈夫だよ」
ソランはすぐに答えました。
「タケルもサトシもいるし」
「サク村までは四日くらいかかるの。ソランにはちょっと大変でしょう?」
「ぼくはここにいるよ。やりたいことがいっぱいあるんだ」
トモはほっとしたようにほほえみました。
「よかった。この村が気に入ったのね。
まさかここに住むことになるなんて思ってもいなかったけど……
きっと神様の導きね」
トモはしばらく、海と夕日を見つめていました。
村のほうからは、鉄を打つ音が聞こえてきます。
ソランは、旅のあいだ感じていた不安を思い出しました。
(今は、なんて安心なんだろう)
そう思うと、胸の中があたたかくなりました。