暖かな春の日ざしがドカ雪をすっかり溶かしてしまいました。森の木々は新しい葉をいっせいに伸ばし始めています。若葉の緑色はなんと胸を躍らせる色なのでしょう。それは命の色です。茶色い地面から、黒い木の枝から、新緑の命が顔を出すのです。

サイタ村はトモの故郷のサク村から「開拓村」として新しくできた村でした。まだ四つの家族しか住んでいません。これから新しい家をたくさん作ってサク村の人々が少しずつ移り住んでくる予定です。トモとソランはできたばかりの新しい家に一週間泊まっていました。きょうはまた「安息日」です。

「ソラン、出てこいよ。弓矢を教えてあげるよ」

タケルが呼んでいます。この村に来た時に出会った弓好きの少年です。ソランは母の顔を見て、うなずくのを見てから元気よく家の外に飛び出しました。青空の広がったよく晴れた日でした。何もしないでいるなんて子供たちにはとてもできません。外に出ると、暖かい風が吹いていました。

サイタ村の家はどれも新しく見えました。東側の海辺からすぐ近くの土地にかたまって建てられています。南側が村の入り口になっていてそこに二本の樫の木が立っています。周りの木は切り倒されてそこがアワやヒエをまいて育てるための畑になっています。川が海に流れ込む河口も南側にあります。村の西側にはクリの木がたくさん植えられています。その向こうは深い森になっています。炭焼きのための小屋に行くための道が作られています。西側には小高い丘もありました。登ればきっと景色が良いでしょう。北側は黒い砂の海岸がずっと続いています。

「今日は安息日なんでしょう? 弓を打ってもいいの?」

ソランは遊びたくてうずうずしている様子のタケルに聞きました。

「練習だけならいいのさ…と思う。大丈夫だよ」とタケルはニコニコしています。

気が付くともう一人の少年が木の切り株に腰を掛けています。この村に来た時に初めに出会ったあの少年です。サトシという名前です。

「本当は ダ、ダメなのさ。で、でも村長は知らないふりをしているよ」

サトシは言葉がうまく出てこないときがあります。でも本人はそれを少しも気にしていません。

『大きくなったら治るよ。それまではこの話し方を楽しむのさ』とのんびり考えています。(お話の中ではサトシの言葉は普通に直して書きますね)

「新しい村長のダビドが、ずっと前に『安息日』には働かないっていう掟を提案したのさ。サク村の時からずっと守ってる。皆はもうすっかり慣れているよ。この掟のおかげでみんなずっと幸福になったんだって。僕もそう思うよ。安息日にはいろいろなことを考える時間があるんだよ。食べ物のことやほかの持ち物のことを忘れてね。神様について考えたりするんだ。それに歌や踊りはいいのさ。だから楽しいよ」

サトシは安息日の決まりを喜んでいるようです。

ソランはタケルとサトシに連れられて海岸にやってきました。砂浜の上なら飛んで行った矢をすぐに見つけて拾うことができるのです。一本の矢も無駄にはできません。

「まず砂で的を作るんだ」

タケルは砂を集めて小さな山を作りだしました。ソランとサトシも一緒に作ります。すぐに腰ぐらいの高さの砂山ができました。

「よし、これが的だよ」といってタケルは履いている草鞋を脱ぐと、一つを砂山の上のあたりに斜めに置きます。初めは十メートルくらい離れたところから矢を射って練習するのです。

「見てて」というとタケルはゆっくりと弓に矢をつがえます。しゅっと放たれた矢は草鞋の真ん中に突き刺さりました。

「命中!」とサトシが叫びます。

「すごい!」とソランも大きな声を出します。

「まあね。でもあんまり草履をぼろぼろにしちゃうと母さんに怒られるのさ」とタケルはペロッと舌を出しました。

次に矢を射たのはサトシです。草鞋には当たりませんでしたが、砂山に深く突き刺さりました。

ソランが弓矢を打つのは初めてでした。故郷の村でも、もちろん男たちは弓矢を使っていたのですが、十歳にならないと使わせてはもらえなかったのです。それに正直に言うとソランは弓矢で動物を仕留めることが好きではありませんでした。でも男の子ですから弓矢をかっこよく射ることにはあこがれていました。砂山と草鞋が相手なら何の心配もなく矢を打てます。

「うわっ、思ったより力がいるね」と弓を引きながらソランは言います。弓矢がなかなか安定しません。

「えいっ」と右手を離すと矢は思わぬ方向に飛んでいきました。砂山を大きく外れて海の中に落ちてしまったのです。

「命中!」とサトシが大声で言いました。

「海に命中だ!」とタケルも愉快そうです。

「やった! 海を捕ったぞ!」とソランも負けずに大声で言いました。三人とも大笑いです。

おなかを減らして三人の男の子たちが帰ってくると、村の家族がみんなで集まって食事の準備をしていました。安息日には料理はしないので、皆は前日に作ってあったものを持ち寄っていました。きょうは全員が村の広場に集まっています。トモとソランの歓迎会のためでした。

新しい村の村長のダビドが歓迎の言葉を述べます。

「もう会えないと思っていた妹のトモが、可愛い息子を連れて帰ってきてくれました。どれだけ神に感謝をしても足りないでしょう。わたしはもう天に上ったような気持ちです。トモと一緒に兄と妹のように育った若い日々が戻ってきたように思われます」

「ダビド村長、若返ったぞ」誰かが叫びます。

「そうです。わたしは十歳は若くなった気がしています。いえ、サク村の人々に命を救われた十四年前に戻った気持ちです。雪の中で倒れていたわたしを見つけてくれたのがトモでした。トモの父である村長がわたしを実の子供のように育ててくれました。わたしは村のために自分の命をささげようと、その時決意しましたが、今再び同じ決意の気持ちを固くしています。この新しいサイタ村を早くちゃんとした村にしたい。サク村の人々を皆呼び寄せて、安心して暮らせる『神の国』にしたいと願っています」

「頼むぞ、ダビド」

「いい男よ」

「わはははは」

人々は愉快に声をかけます。

ダビドは村の誰よりも背が高く、筋肉のついたたくましい体つきをしていました。ソランは特にダビドの腕が太いことに気づいて目を丸くしました。その太さの理由をソランは次の日に知ることになります。

 

「ソラン、今日は私の手伝いをしてくれないか」ダビドが次の日の朝早くにソランを迎えにきました。母のトモは「行ってらっしゃい」と喜んで送り出してくれます。ソランは何もしゃべらないダビドのあとについて海岸を北に向かって歩きました。このあたりの砂浜は普通よりも黒い色をしています。

「どうしてこの砂がこんなに黒いか、わかるかい?」とダビデは聞きました。

「どうしてだろう。よくわかりません」とソランは正直に答えます。

「もっと北に行ったところで大きな川が海に流れ込んでいるんだが、その川の上流に銅や鉄という金属を含んだ岩がたくさんあるようなんだ。その岩が雨に打たれたり川で流されたりして細かくなって、銅や鉄がたくさん海に流れ込む。それがこのあたりの海岸に打ち上げられているのでこんなに黒い砂になるんだよ…。これを見てごらん」

ダビドは肩から掛けている袋の中から、両手にちょうど載るくらいの大きさの岩を大事そうに取り出してから、砂浜の上でゴロゴロと転がしました。すると砂よりももっと細かな黒い粒がいっぱい岩に吸い付きました。黒い粒同志もつながって、まるでウニの針が岩から突き出しているように見えました。

「砂鉄だ。この岩はマグネ石というものなんだ。砂鉄を吸い寄せる力があるのだよ。これで砂鉄をたくさん集めて鉄を作ることができる」

「きれいだな。触っても大丈夫?」

「もちろんだ。触ってごらん」

ソランが触ると針のように伸びた砂鉄がさらさらと落ちていきました。

 

次にダビドとソランが向かったのは村の北側に作られた作業のための小屋です。ほかの家よりも一回り大きく作られています。入口は通りやすいようにずっと広くなっています。

ソランが初めて見る珍しい道具がいろいろ置いてありました。

ダビドは炭に火をおこすとフイゴと呼ばれる道具で燃えている炭に風を勢いよく送りました。そして鉄の塊を赤くなるまで熱します。熱くなった鉄はとても手で触ることはできません。ダビドは鉄で作ったハサミで鉄の塊をつかむと、カナドコという大きな鉄の塊の上にのせ、金づちでたたき始めました。鉄と鉄がぶつかり合う激しい音がします。ソランは驚いて思わず耳をふさいでしまいました。ダビドはそんな様子のソランを横目で見ながら楽しそうに太い腕を何度もふるって金づちをたたきます。金づちのリズムに合わせて、ダビドの口から不思議な言葉の歌が流れ始めました。

エンヤー コラヤー

エンヤー コラヤー

ドッコイショ

ドッコイショ

不思議な言葉ですが、ソランはすぐに覚えてしまい、ダビドの歌に合わせて歌いだします。

エンヤー コラヤー

エンヤー コラヤー

ドッコイショ

ドッコイショ

 

二人の歌に合わせて、金づちが振り下ろされ、ガチン、ガチンという音とともに火花が散ります。ソランは不思議な手品でも見るかのように、鉄の塊が平らに引き延ばされていく様子をじっと見つめていました。

ガチン、ガチン、ガチン。

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