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聖書筆記者のルカについて知られていることは少ないものです。

○「ルカによる福音書」と「使徒たちの活動」を、手紙形式で書いた。

○医者だった。「愛する医者」とパウロは呼んでいる。(コロサイ4:14)

○小アジアのトロアスからパウロの第2回宣教旅行に同行し、その後パウロの殉教まで共にいた。(使徒16:10)

確証されてはいませんが、ルカはユダヤ人ではなかった、という見方があります。それは「コロサイ人への手紙」の中で、パウロが、自分と共にいるユダヤ人たちの名前をあげ、「これらは割礼を受けた人々です」と述べたのちに、ルカの名前をあげているからです。

さて、ここからボクの妄想が始まります。

ルカは(テモテと同じように)父親がギリシャ人、母親がユダヤ人のハーフだったのではないか。外見はギリシャ人っぽかったので、割礼は受けていたものの、ついパウロは上記のように書いたのではないか。だとしたら、ルカは医者としての教育を受けたうえで、どのような経緯でクリスチャンになっただろう。「ルカによる福音書」を読むと分かるけど、ルカは、イエス・キリストの母親であるマリアを直接知っていて詳しく話を聞いているので、イスラエルの地に行ったことがあるに違いない。 このような妄想が積み重なり、「ルカの青春」の物語が形を帯びてきました。

エーゲ海に面する著名な港町トロアスで、ギリシャ人の父親アレックスとユダヤ人の母親ダイナの間に生まれた男の子ルーク。代々の医師の家系であったが、アレックスはルークが10才の時に、流行り病にかかって亡くなってしまう。失意のダイナは勘当されている両親が住むイスラエルのナザレへと帰る。ギリシャ人の祖父母の許しを受け、ルークも3年間だけという約束のもとにダイナに同行する… 船と徒歩の旅の後に、やっとたどり着いた田舎の村ナザレで、ルークは故郷とは全く違う自然と文化の中に放り込まれる。そこで、ルークは、自分と同い年くらいの少年ジーザスと知り合うのだ。「歌うたい」とのあだ名を持ち、神への祈りのために突然動きを止めてしまうという不思議な個性を持つジーザスとの交友の中で、ルークもイスラエルの神への信仰と愛を育て始める…

西暦1世紀ころのイスラエルの日常生活はどんなものだったのだろう? 想像だけでは追いつかないので、いろいろな資料を参考にしながら、「子供たちの世界」を書き始めました。本当は、イスラエルの地に行き、その空気感を確かめたいのですが、それはなかなか実現していません。

今のところ始めの1年間まで一応書き終えています。すでに原稿用紙で250枚くらいの長編になっています。もちろん、素人の書く「物語」です。自己満足と遊びの世界です。このブログのようにね。 この2年間くらい、筆が止まっていたのですが、また、書き始めたいなと思っていました。でも、今はせいぜいこのブログを更新するのが精いっぱいの毎日になっています。そこで妙案を思いつきました。新聞の連載小説みたいに、少しずつ、このブログのなかで書いていったら、一石二鳥じゃんか!

というわけで、時々、「ファースト・ルーク」という題で、物語を書いていきたいと思います。なぜその題名なのかと言うと、例えば英語では、「ペテロ第一の手紙」のことを略して「ファースト・ピーター」というふうに呼びます。ルカが「テオフィロ」という名前の人物に宛てて書いた手紙が、「ルカによる福音書」と「使徒たちの活動」ですから、その前にルカが書いたものがあったら、それこそが「ルカの第一の手紙」で、福音書は「第二の手紙」、使徒活動は「第三の手紙」ということになるのではないか、という勝手な理屈による命名です。

ご意見・ご感想がありましたら、遠慮なくコメントをくだされば、たいへん励みになります。

ィヨロシクッ!

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One thought on “ルカの青春”
  1. Hello!  I’m the author. Feel free to leave a comment!

    こんにちは! 作者です。コメントをお待ちしています。よろしく!

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