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冬の次には必ず春が来るって不思議ですね。でも、必ずやってくるんです、雪が解けて黒い木の枝からぽたぽたと滴になって落ちてくる春が。待ち構えていたように色とりどりの花が咲き、蝶々が、風に飛ばされる花びらのように舞う春が。寒い冬の日にも時々春がやってきて、うきうきとした気分にさせてくれるけど、すぐに冬の冷たい風に乱暴に追い払われてしまいます。でも本当の春は違います。暖かい春風が冷たい冬風を北国の冷蔵庫に閉じ込めてしまうのです。  

ソランとトモの住むフジミ村にも春がやってきました。

「ジミー、取ってこい」  

ソランの投げた木の枝を追って、小さな茶色い子犬が嬉しそうに走っていきます。枝が少し太すぎたので子犬は口にくわえることができません。やっと木の端の細いところを加えて引きずりながら枝を持ってきました。

「よし、ジミー。えらいぞ」 ソランは子犬の体中を撫でてあげました。  

ジミーはセイタカおじいさんの飼っている犬がひと月前に産んだ子犬です。三匹の子犬のなかから、ソランが自分で選んで、もらったのです。フジミ村の名前から考えて、ソランがジミーと名付けました。ほかの二匹ほど元気がなくて引っ込み思案なところが気に入ったのでした。ところがどっこい、ジミーはモリモリと餌を食べると誰よりも元気な、いたずら大好きな子犬になったのです。  

母のトモは春になるとそわそわし始めました。故郷の山の村に早く帰りたい気持ちを抑えることができません。

「まだ春のドカ雪が降るかもしれないし、あとひと月くらいはここにおったらどうかね」  しきりに勧めるユーカおばあさんの言葉もトモの気持ちを動かすことができません。

「大丈夫です。この季節になれば森ではいくらも食べ物が見つかるし、凍えるほど寒くはならないでしょうし」

「あれあれ、何を言っても、かえる、かえるの一点張りだのう」  

ユーカおばあさんはトモとソランにいつまでも一緒にいてほしいのでした。もう自分の子供と孫のように思っているのです。

「おばあさん、ご恩は一生忘れません。また、必ず会いに来ます」  

トモも心の中でユーカおばあさんを本当の母親のように思っていました。毎日毎日たくさんのことを話し合いました。ほんとに楽しい月日だったのです。ソランもユーカおばあさんが大好きでした。ソランと同じ年の友達のように、ふざけたり笑ったりしました。  

旅立ちの朝はよく晴れて暖かでした。フジミ村の周りの木々は薄緑の葉のつぼみをつけています。少しかすんでいましたが、フジ山も遠くにはっきりと見えています。村の人たちがほとんど見送りに出てくれました。

「ソラン。今度会うときにはまた相撲で勝負をしようぜ。負けないぜ」と、カツヤがソランの手を握って言いました。

「故郷の村が見つかったら何とかして連絡しろよな。俺たちがたずねていくからさ。お前とは一生の友達だからな。いつかお前が村長になって、俺も村長になって、二つの村で夏の祭りをしようぜ。でっかい火を焚いてみんなで踊るんだ。こんなふうにな」と言うと、マサトは拳を握った二つの腕を上げたり下げたりして踊りだしました。

「熊の子踊り」です。すぐに子供たちが真似をして踊りだしました。村人たちはみんな大笑いをしました。 「ははは、それじゃ『猿の子』だ」 「お前は『蛇の子』だ。くねくねし過ぎだぞ」 「おいおい、『山鳩』かっ」  

みんなおもいおもいに動物をまねて踊り出すのでした。 やがてセイタカジロウおじいさんが大きな声で言いました。

「みんな、いつまで踊っとるのか。日が暮れてしまうぞ。トモ、ソラン。お前たちはこの村の衆だ。いつでも帰ってこい。トモを嫁にもらいたい男衆もたくさんいるでな」

「そうだ、そうだ」と村の男たちが叫びました。 「あんたには私がいるでしょ」と、妻にお尻をはたかれている男たちもいます。  

にぎやかな見送りに泣いたり笑ったりしながら、トモとソランはフジミ村を後にしました。子犬のジミーも後をついて歩いています。でもまだすぐに疲れてしまうので、ソランは肩にぶら下げた、草で編んだ袋にジミーを入れてあげました。

「ソラン、見えた?」と、歩きながら母がたずねます。

「うん。ユーカおばあさんの肩の上で手を振っていたね、女のコボシ様」

「そうね。それにセイタカおじいさんの頭の上でも元気そうな若い男のコボシ様が手を振っていたわよ」

「うん、僕も見たよ」  

トモとソランは顔を見合わせ、つないでいた手を大きく降って元気よく歩きました。

始めの日は海沿いを北に向かって歩きました。二日ほど歩いたところに新しい海辺の村があって、きっとトモの故郷の村への道を教えてくれると思ったからです。  

夕方になって海辺の岩の影に火を焚いて眠ることにしました。ユーカおばあさんが持たせてくれた食べ物がいろいろあったので夕飯にそれを食べることにしました。ソランの好物の干し芋と干し柿がたくさんありました。西の空がみかん色に夕焼けを始めました。海風が暖かく吹いています。焚火をしなくても寒くないくらいです。

「あらっ」と母のトモが声をあげました。その眼は西の空に釘付けになっています。 ソランもその方角に目をやりましたが、紫色に見える山々と赤く染まり始めた雲のほかには何も見えません。

「タテシナ山だわ」  

トモはそういうと海辺を走り出しました。ソランはわけがわかりませんが母の後を追って走りました。トモは夢中で走ると、少し先にある大きな岩に上りました。

「きっと、タテシナ山だわ」  

それは母の故郷の村からよく見える山の形とよく似た山の頂だったのです。夕暮れの光に照らされた紫色の山々の頂の、もっとずっと遠くにあるその山は深い青色に見えました。フジミ村からは見えなかった山の頂が見えるところに二人は偶然に来ていたのでした。

その山は二人のいるところからほとんど真西にあります。もし、この山が本当に母の村の近くの山ならば、二人は西へ向かって歩けばよいのです。母の顔には固い決意が浮かびました。ソランは黙って母を見つめました。海風がトモの髪の毛を揺らしています。岩の下では子犬のジミーが二人を見上げて、くんくんと鳴いています。波の音がいつまでも続いていました。  

夜の間に気温が下がって、次の朝は肌寒くなりました。空は曇っています。

「ソラン、きのう話した通り、これからすぐに西の方角へと向かうけどいいわね。山を越えなければならないから大変だけど頑張りましょうね」

「うん。大丈夫さ。僕は去年よりずっと強くなったよ。背も伸びたし。母さんの足でまといにはならないよ」

「まあ、頼もしいわね。男衆が一緒で安心だわ。クマにあっても大丈夫ね」

「ええっ、クマは恐いな。でもタヌキぐらいなら大丈夫さ」

「イノシシは?」

「小さいのなら大丈夫だよ」

「頼りにしてるからのう」 トモはユーカおばあさんの真似をしました。

「ははは」 二人は笑いましたが、ユーカおばあさんに会えないことを思い出して、なんだかさみしくなってしまいました。

二人はまっすぐに西へと歩きはじめます。なるべく川にそって歩きますが、時には道のない森の中を歩かなくてはなりません。一日中歩いても森を抜けだすことはできませんでした。夕方になって大きな木の根元に空洞があるところを見つけました。今夜はここで眠ることにしました。

夕食は途中で取ってきたタケノコとキノコです。焚火でよく焼いて食べました。タケノコの甘くておいしいこと、ソランはおなか一杯食べました。

気温がますます下がって寒くなったので、夜の間もたき火を消さないようにソランはまきをくべました。 次の朝、いつもと違う不思議な感じがしてソランは目を覚ましました。春のドカ雪が真っ白に積もっていました。名前の通りドカッと降ってソランの膝くらいまで積もっています。

母のトモは少し早く起きてあたりを見に行ったようです。深い足跡が森の中へと続いていました。もうほとんど雪はやんでいますが、曇り空で気温が下がったままなので、また降るかもしれません。

ソランは木の根元に空いた小さな穴から顔を出して周りを見渡しました。

《穴から顔を出してるキツネの子みたいだ》 子犬のジミーもやってきました。

ソランはジミーを両手で持ち上げて一緒に穴から顔を出しました。 「ジミーと僕はキツネの兄弟だね」  

母のトモが白い息を吐きながら帰ってきました。

「寒いわね」  

ソランはすぐにたき火に薪をくべました。

「どこに行ってたの」

「見晴らしのよさそうな山があったから登ってきたのよ。モノミ山って名付けたわ。この雪ではしばらく山の中を歩くのは危ないからどこかに村がないかどうか調べたの。やっぱりユーカおばあさんの言うとおりにもう少しフジミ村にいればよかったかもしれないわね」

「近くに村はあったの?」

「ええ、少し戻らなくてはならないけどモノミ山の向こうに小さな村があったわ。家が何軒か海に近いところに建っていた。煙が上っているからきっと誰かが住んでいるわ」  

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