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「ヤーホー」
母のトモが大きな声で叫びました。
「ヤーホー」
すぐに同じ言葉が空に響きました。
山びこです。
ソランも真似をします。
「ヤーホー」
山びこが答えます。
「ヤーホー」
トモとソランはフジミ村の近くの低い山に登っていました。食べられる木の芽や草を探すためです。
「まだ寒いけど、少し気の早い木や草たちがもう春の芽を出しているころよ。ほら、これがワラビよ」
トモは先がくるくるとまるまっている緑の草をソランに見せました。
「あっ、ぬるぬるするやつだね」
とソランはすぐにわかりました。故郷の村にいたときにも母が春になるとよく取ってきては家族で食べていたからでした。でも、山の斜面に生えているところを見るのは初めてでした。
「わあ、あっちにもあるよ。こっちにも」
ソランはうれしくなって地面からすくっと伸びているワラビを夢中でつみました。折るときにボキッと小さく音がします。
「ソラン、根元から取ってはだめよ。来年の分がなくなってしまうわ。」
「はい」
雪解け水の流れる小さな川に沿ってフキノトウがたくさん芽を出していました。茶色い地面から顔を出している明るい草色の若い芽をつみとります。味噌で味をつけて食べるのですが、少し苦いので大人の味です。ソランはあまり好きではありません。
小川の近くを探し回っていたトモが嬉しそうに声を出しました。
「見つけた! 山ワサビよ。これはセイタカおじいさんの好物なのよ。醤油で味をつけるととてもおいしいの。おじいさん喜ぶわ」
「知ってる。でもこれ、すごく辛いよね。大人って何で苦いのや辛いのが好きなんだろう」
トモが土から掘り出した、白くて太い根っこの山ワサビを見てソランは首をひねりました。母のトモは笑顔で答えました。
「ほんと、なぜかしらね。きっとユーカおばあさんなら理由を教えてくれるわ。後で聞いてみましょう」
ユーカおばあさんは家のすぐ裏に野菜の畑を作っていました。森の中から取ってきた食べられる草や木を植えて育ているのです。山から帰ってきたソランとトモは、取ってきたワラビを土の鍋で煮ながらユーカおばあさんとおしゃべりしました。
「ははは、野菜畑というより花畑だのう。わたしはきれいな花が大好きだから、あちこちで見つけた花の咲く草をみんなここに植えておくのさあ。春になるとみんな一斉に咲きだしてそれはそれはきれいだよ。村中の者が見に来るのさあ。ほれ、そこらにむしろを敷いてのう。お花見をするのさあ。蝶も飛んできて、にぎやかになるよ。男衆は酒を飲んでばかりだがのう」
ユーカおばあさんは少し声を小さくして内緒話をしてくれました。
「ソランにだけ話すことだけどものう。お花見の時はコボシ様たちも遊びにくるのさあ」
「コボシ様?」
「そうさあ。これくらいの背丈しかない、小さなお人たちさあ」
ユーカおばあさんは自分の小指を立てて言いました。
「コボシ様はのう。心のきれいな人にしか姿を現してはくれないのさ。この村の衆は何人も見ておるがのう。ソランとトモもきっと見ることができるだろうよ」
セイタカおじいさんの吹く口笛が聞こえてきました。おじいさんはいつでも口笛を吹くか歌を歌っているかしているのです。
「ほーい、ほい。帰ったぞ」
囲炉裏のそばで丸くなって寝ていたタマが「なーお」と鳴いておじいさんの足元に体をすりよせました。
「ほーい、タマ。おみやげじゃぞ」
おじいさんはマタタビの木の枝をタマにあげました。タマは急に喉をゴロゴロとならし始めました。
「ほーい、タマの好物じゃな」
「子猫のころはそうでもなかったが年を取るとマタタビの味がわかるようになるのかのう」とおばあさんが言いました。
ソランは山の中での母との会話を思い出して、ユーカおばあさんに聞きます。
「そうだ。おばあさん、どうして大人になると苦いものや辛い物が好きになるの?」
「それはのう、神様からの罰なんだよ」
「えっ、神様の罰なの?」
ユーカおばあさんはこんなお話をしてくれました。
「わたしら人間はのう、初めはみんな良い人だったのだが、ある時、神様に反抗して悪いことをしてしまったのさぁ。神様は罰として、悪いことをする人には、そのたびに苦いものや辛いものをおいしいと感じるようにしたのさぁ。だから嘘をついたり、人に意地悪をしたり、動物をいじめたり、ごみを散らかしたりするたびに、だんだん辛い物や苦いものが平気になってしまうのさぁ。みんな大人になるまでには、なにかしら悪いことをしてしまうので、そのうちに苦くて辛い物が大好きになってしまうというわけさ。うんといっぱい悪いことをする人は、良い人なら舌がしびれてしまうような辛いものも、口が曲がるほどの苦いものも、平気で食べられるようになってしまうのだろうて」
話を聞いていたセイタカおじいさんがつぶやきました。
「わしもいっぱい悪いことをしてきたのかな。今じゃ、苦いものが大好きじゃよ。まあ、大人になるってことはいいことばかりではないことは確かじゃよ」
おじいさんはそういうとトモが山から取ってきた山ワサビをおいしそうに口に運びました。
「ほーい、辛いぞ。けれど、おいしいぞ」
マタタビをかじって酔っぱらってしまったタマは喉を鳴らして、おじいさんのあぐらをかいた足に体をすりつけていました
次の朝は太陽がまぶしいくらいに森や海を照らしていました。友だちのマサトがソランを迎えにきました。丸木で作った舟に乗って沖にあるウラワ島に行くのです。マサトの父親は腕の良い漁師でした。天気の良い日には毎日のように海に出て魚を捕ります。ウラワ島の近くの海には魚を取るための網を仕掛けてあるのです。今日はソランを一緒に連れて行ってくれるのです。もう一人の友だちのカツヤも一緒です。カツヤの父親も仲間の漁師なのです。
静かな海の上を二隻の丸太船が沖へと漕ぎ出してきます。空は青く、ずっと南と東の水平線のむこうまで広がっています。北と西の陸地には雪を頂いた山脈がくっきりと見えています。舟を追いかけるようにカモメがたくさん飛んでいます。
「きれいだな」
ソランはおもわず声を出しました。みんなは、声を出すのがもったいないかのように、黙ってうなずいています。
マサトの父とカツヤの父は舟を上手に漕ぎながら歌いだしました。
おーいおーいカモメさん
お空で鳴いてるお嬢さん
わしらと結婚しておくれ
まいにちお魚食べ放題
温といお宿も寝放題
おまけにわしらはいい男!
三人の子供たちも「おまけにわしらはいい男!」のところでは声を張り上げます。
ウラワ島につくと子供たちだけが波打ち際で舟から降りて島に上がりました。父親たちが仕掛けた網を見ている間に、遊ぶことを許してくれたのです。
「ヤーホー」と叫んでソランは砂浜をかけていきました。マサトとカツヤは不思議そうな顔をしましたが、同じように「ヤーホー」と声を上げてソランのあとに続きました。
三人は始めに駆けっこの競争をしました。一番早いのはマサトでした。二番目はソラン。三番のカツヤは体は大きいけれど駆けっこは苦手なのでした。でも、相撲ではやっぱり一番強いのです。ソランとマサトは相撲ではいい勝負になりました。ぐいぐいと押してくるマサトにソランは得意のうっちゃりで立ち向かいました。砂浜で遊び疲れたころマサトが言いました。
「ねえ、洞穴に行こうよ」
「でもそんなに時間がないよ」とカツヤが答えます。
「大丈夫だよ。きょうは少しだけだから。今度みんなで探検に来ようぜ」
「よし。わかった。ソランに教えてやろう」
ソランは「洞穴」のことは初めて聞くことでした。
それは島の森の中を少し入ったところにありました。ごつごつとした岩の下に小さな入口があります。大人が一人やっと通れるくらいの隙間から入っていくと急に広い空間に出ました。
「おい、見ろよ」
マサトがソランの肩をたたきました。マサトの指差す洞穴の天井を見るとそこには数えきれないほどのたくさんの黒い生き物が天井にぶら下がっていました。コウモリです。
「うあー、いっぱいいる。襲ってこないかな」
心配そうなソランにカツヤが元気な声で答えます。
「昼間は眠ってるから大丈夫だよ。夕方になるといっせいに外へ飛んでいくのさ。今は大声を出しても聞こえないよ。うおー」
カツヤの大声にもコウモリは何の反応もしません。
ソランも大きな声を出してみました。
「ヤーホー」
コウモリたちはもぞもぞ動いてはいますが、少しも驚かないようです。
「ソランはさ。さっきも砂浜でヤーホーって何回も言ってたけどさ。どうして?」
マサトが聞きました。
「えっ、どうしてって、みんなそう言うんじゃないの?」
「俺たちは言わないよ」とカツヤも知りたがっています。
「へえ、そうなんだ。みんなが言うんじゃないんだ。ぼくは小さなころからお母さんがヤーホーって言ってるから自然に覚えたんだ。神様を呼ぶときの言葉なんだって。神様の名前はヤーハなんだって」
「へえ、ヤーハの神様か」
「どんな神様なんだろうな」
マサトとカツヤは不思議そうな顔です。でもすぐに大声を出しました。
「ヤッホー」とマサト。
「違うよ。ヤーホーだろ」とカツヤ。
「どっちでもいいよ。ヤッホー」
マサトはすっかりこの言葉が気に入ってしまったようです。村に帰ってからも何度も使ったので、みんなが覚えてしまったほどでした。
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