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日本の「縄文時代」は非常に長い時代です。

「前期」は約6000年前。 「中期」は約5千年前。「後期」は約4400年~3200年前。

そして、「晩期」は約3200年前~2400年前。

その後、稲作が伝わり始め、その後は「弥生時代」と呼ばれるようになります。

一般に、縄文時代は戦争がない平和な時代であったと言われています。ボクはこの時代にあこがれを持っていました。そして、聖書を学ぶようになってから、今から約2700年前に、アッシリア帝国に滅ぼされたイスラエル王国の人の多くは捕囚になり、世界のあちらこちらに散っていったという歴史を学びました。

日本の「縄文時代」から「弥生時代」に代わるその時期に、聖書の神を信じるイスラエル人のグループが、はるばるシルクロードを旅し、朝鮮半島から命がけの船旅をして、日本各地に住み着くようになったということも十分に考えられます。

各地に残るヘブライ語(と思われる)や様々な伝説も、ボクの興味を掻き立てました。

「天狗伝説」も……赤ら顔で、鼻が長く、額に「聖句入れ」のようなものをつけた姿など……まさにイスラエル人の姿ではないか!

(以下はボクの想像の中の物語です)

朝鮮半島から日本海の荒波を超えて、日本の石川県や新潟県にたどり着いた一団の中で育った子供である「ダビド」が、父母の死の後、一人で信濃川(千曲川)をさかのぼり、現在の長野県佐久市にたどり着きます。おそらく当時、サケが川をさかのぼることができる限界の集落かもしれません。

そこで寒さと飢えのために行き倒れになっていたダビドを、少女トモが見つけ、サク村の人々に手厚く介抱されて、一命をとりとめます。

ダビドは恩返しのために、サク村の人々のために必死で働きます。持っていた製鉄の技術を生かして、便利な道具もたくさん作ります。

人々の信頼も厚くなったころ、兄妹のように育ち、思いを寄せていたトモが、ダビドの不在の間に、遠い地からの旅人によって妻に迎えられ、村を離れてしまいます。

失意のダビドでしたが、村人の意思を継ぎ、日本の東海岸にある地域(今の埼玉県)へと集団で移住を果たします。村の名前は「サク村」からとられた「サイタ村」と名付けます。

さて、そんな背景の中、遠い地(今の静岡県)に嫁いだトモは、戦により夫を失い、村を離れて、故郷のサク村を目指して、息子のソランと共に必死で旅を続けています。

……古代少年ソランの物語の背景にはそのような状況があります。

当時は「縄文海進」と呼ばれる、海が現在の陸地の奥深くまで入り込んでいた時代です。埼玉県の多くは海の底になっていました。ボクは車で移動し、荒川の橋を渡るときには、たいてい、「この辺は海の中だったんだなぁ」と感慨にふけります。晴れた日には意外に大きく富士山が眺められます。

「古代少年ソラン」は、この物語だけではなく、いわば「青年編」もあります。ソランは義父ダビドの影響を受け、強くたくましい青年になりますよ。

お楽しみに!

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