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冬の一番寒い月が、一年が始まる新年と決められていました。月が夜空からすっかり消えてしまう日が新年の始まる日となります。この日からまた月がふくらみ始めます。太陽が照らす明るい時間がとても短くなっていたのですが、これから夏に向かって少しずつ長くなっていくのです。  フジミ村の人々は遠くに見えるフジ山に向かって手を合わせて祈ります。毎日の安全や一年の畑の収穫の豊作や海の魚の大漁をフジ山にお願いするのです。  

ソランはお母さんのトモがフジ山に向かって祈る姿を見たことがありません。ソランの故郷の村の人々もフジ山を拝んでいたのですが、トモは決してそうしませんでした。ほかの人と同じようにしないことをあまり良く思わない人たちもいたのですが、トモの決意は変わりませんでした。

「私が祈る神様はね。故郷の山の村で兄さんが教えてくれた神様だけなのよ。その神様はね、天と地を作った神様なので、目で見ることはできないの。石や木や土でできた、見える物に頼ってはいけないと神様は教えているのだって、いつも兄さんは言ってたわ。だから私も祈るときは目を閉じて頭の中に神様を思い浮かべるの。そうすると頭の中にきれいな虹色の静かな光が浮かぶの。そうして、心の中で『ありがとう』を言ったり、お願いをしたりするのよ」  

母の言葉の意味はよくわからなかったのですが、ソランは母の信じている神様について時々考えるようになりました。いつか僕も「虹の神様」に会うことができるのだろうか、と思ったのです。  

新年が始まって十四日目に相撲大会が開かれました。近くにある四つの村の人々が大勢集まってきました。今年はフジミ村が大会の場所に決まっていたからです。村の広場にはあちこちに焚火がたかれ、たくさんの人でいっぱいになりました。みんな上機嫌で笑ったり歌ったりしています。お酒を飲んで赤い顔をしている男の人たちは大声をだして騒いでいます。上半身を裸にして愉快に踊っているおじさんたちもいます。

広場の中央に作られた丸い土俵の上には高い草屋根がつけられています。雨や雪が降っても土俵が壊れないようにしてあるのです。 相撲に参加する人たちは真剣そのものです。白い息を吐きながら体を動かして準備をしています。相撲用のしっかりとした褌を腰に巻いていますが、上半身は裸です。

始めに赤ちゃんたちが泣き相撲をします。大人に抱かれた二人の赤ちゃんが勝負します。最初に大きな声で泣いたほうが勝ちという決まりになっています。知らない人に抱かれた赤ちゃんはたいていすぐに泣きだしてしまい、大人たちは大笑いをして見ています。いつまでたっても泣かない子や、それどころか大声で笑いだす赤ちゃんもいて、やっぱり大人たちに笑われます。

次に、九歳以下の子供たちの「子供相撲」が行われます。その次に十歳から十五歳までの「若者相撲」が行われ、最後は「大人相撲」です。

ソランは子供相撲に出るのですが、とても緊張していました。できれば逃げ出したいくらいでした。でも、勇敢だった父を思い出しました。父は故郷の村の相撲大会では何度も優勝したことがある勇者だったのでした。父のためにも弱虫になってはいけないと心に決めました。

ソランたちフジミ村と初めに戦うことになったのはサヤマ村でした。少し山のほうに行ったところにある村です。体の大きな子ばかりを五人集めていました。 細いけれど筋肉がついた体のマサトがソランにつぶやきます。 「体が大きいだけじゃだめさ。腰が据わってないとね」

一番勝負は、そのマサトが、相手の一番大きな子供と戦うことになりました。ひとつ上の組の若者相撲に出てもおかしくないほどの体格をしています。マサトは「よーい、はじめ」の声とともに素早く相手の胸を押します。相手は土俵の端まで押されましたが、何とか踏みとどまってマサトの腰の褌をつかもうと身を乗り出してきました。その瞬間に体をかわしたマサトは、今度は相手の背中を思いきり押しました。相手はたまらず「あっ」と言って土俵に手をついてしまいました。

マサトの勝ちです。

フジミ村の人々は喜びの声をあげました。 二番勝負はトシの出番です。トシは体が小さいのですが、いつも素早く動いて相手を土俵の外に押し出してしまいます。今回も「はじめ」の合図とともに右へ左へと動き回りました。あっという間に相手の後ろ側に回ってしまい、背中を押して押し出しました。

トシの勝ちです。

三番勝負はタロウの番です。体はあまり大きくありませんが、鋭い投げ技を持っています。「よーい、はじめ」の合図の後に、タロウは少し後ろに下がりました。そして相手がつかみかかろうとしてくると右に回り込むようにして逃げます。それを繰り返すと、相手はイライラして無理にとびかかろうとします。それがタロウの計算です。素早く体をかわして相手を投げ飛ばします。今回も相手はタロウの伸ばした右足につまずくようにして倒れてしまいました。

さて、四番勝負がソランの出番です。相手はやはり体の大きな、たぶん九歳の子供です。ソランは自分の胸の鼓動の音がはっきりと聞こえました。緊張してのどが渇いています。

「よーい、はじめ」  ソランは合図の声が聞こえると緊張がすっと収まるのを感じました。『勝っても負けても精一杯やればそれでよい』という父の言葉を思い出したのです。

ソランは腰を低く構えて相手がかかってくるのを待ちました。腰を伸ばしていると体が安定しないので、すぐに倒されてしまったり、押し出されてしまうことを知っているからです。すると今回は相手も腰を落としてじっと待ち構えています。穏やかな顔をしていました。 「強いな」とソランは感じました。二人は「えいっ」と胸と胸でぶつかり合った後、お互いに相手の腰の帯をつかみました。いわゆる、がっぷり四つです。見守る人々の応援の声がひときわ大きくなります。

「がんばれ」

「小さいのもがんばれ」  

大きな相手に引けを取らないでしっかりと組んだソランに声援がかかります。相手は右へ左へと揺さぶってきますが、ぐっとこらえました。相手が体ごと押してきて土俵際に追い詰められた時、ソランは思い切って相手を自分の後ろに投げ飛ばそうとしました。二人はほとんど同時に土俵の外に転がり落ちました。どっちが勝ったのか判断が難しいところです。

審判は少し考えてから、サヤマ村の子供の勝利を告げました。

「ええー」  

フジミ村の人々からの抗議の声が上がりました。マサトたちも「ソランの勝ちだよ」と大声を出しています。

ソランは立ち上がると土俵に上がって言いました。 「僕の負けです。先に手をついてしまったと思います」 すると応援していた母親のトモが突然、大きな声をだして叫びました。 「ソラーン、よくやったわよ。かっこいいー」 あんまり大きな声だったのでみんなびっくりしてトモを見ました。トモは手をぐるぐると振り回していました。みんな大声で笑い出しました。

「いさぎ良いぞ、ちいさいの」  

人々からもソランをほめる声が上がりました。

最後の五番勝負はカツヤの出番です。はじめの合図が終わると同時にカツヤは相手を土俵の外に投げ飛ばしてしまいました。

フジミ村はサヤマ村に四対一で勝ちました。

続いて行われたのは近くの海沿いにあるシキ村と、南のほうにある大きなトコロ村の子供たちです。去年の子供相撲ではトコロ村が優勝していました。シキ村の子供たちも頑張ったのですが、三対二でトコロ村が勝ちました。

そしていよいよ子供相撲の決勝戦、フジミ村とトコロ村の勝負が始まりました。結果はこの通りです。

一番勝負 マサト(フジミ村)の勝ち

二番勝負 コウヘイ(トコロ村)の勝ち

三番勝負 ヒロ(トコロ村)の勝ち

四番勝負 ソラン(フジミ村)の勝ち

五番勝負 カツヤ(フジミ村)の勝ち

そうです。三対二で今年はフジミ村の子供たちが優勝しました。ソランは大活躍でした。フジミ村の人たちの応援もすごかったのでした。何しろソランがもし負けたらトコロ村の勝ちになってしまったのですから。

決勝戦でもソランは相手の力に押されて土俵際まで追い詰められたのですが、今度は見事に相手をうっちゃって土俵の下に投げ飛ばすことができました。それからしばらくの間、ソランは「うっちゃり」というあだ名で呼ばれることになるのでした。

相撲大会の後にみんなで飲んだり食べたり、歌ったり踊ったりしました。ほかの村からきた人々は暗くなるころにはそれぞれの村へと帰って行きました。満月が足元を明るく照らしていました。

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