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玄関の前には、昔のままにいちぢく桑の木が立っていた。子どものダイナがよく登って遊んだ木だ。一度足を滑らせて落ちたこともあったが、父母には内緒にした。登ることを禁じられてしまうかもしれなかったからだ。

ダイナの母の好きなアネモネの花がたくさん咲いている。ダイナとルークは、頑丈そうな木製のドアの前で顔を見合わせた。ダイナの父の手作りの青銅の飾りがドアには取り付けられている。母と子は大きく呼吸をした。ミツバチの飛ぶ音が耳に残った。

「お父さん、お母さん」と声をかけるが返事はない。思い切って木戸を開けて入る。ひんやりとした涼しさが心地よく感じられた。薄暗さに目が慣れるまでに少し時間がかかった。木製の食卓に男が一人座っていた。男は立ち上がるとしばらく無言でダイナとルークをを見つめた。

ダイナがゆっくりと言う。
「お父さん……私、帰ってきました」
男から、しぼり出すような声が出た。
「ダイナ!」

父は娘に駆け寄り、抱きしめた。
「ダイナ! おお、ダイナ! ダイナ!」

「お父さん…私、帰りました。お父さんとお母さんと、私の神のもとに」
「娘よ。娘よ。お前は帰ってきてくれた。帰ってきてくれた。感謝します。エホバよ。感謝します。娘の名前をまた呼べるなんて、こんなに嬉しいことはない。…ダイナ、だがな…お前の母さんは行ってしまったのだよ。レイチェルは行ってしまった」

ダイナは、父の両手を強く握って言った。
「えっ、どういうこと…? 母さんが行ってしまったって…」

老いた父は繰り返した。
「母さんは行ってしまったのだよ。行ってしまった…。ずっとお前を待っていたがな…。いや、母さんは…母さんは、今、お前と一緒に帰って来たのだ。お前は…母さんとよく似ている」

ダイナは、その場にくず折れた。

父と母がいつまでも元気でいることが当たり前のように思えていた。母が突然いなくなってしまい、もう会えないなんて信じられない。そんなことがあるはすがない。
「母さん、ごめんなさい。母さん…ごめんなさい…どうして…母さん、…どうしてなの …会えると思っていたのに。母さんに…会いたい…会いたい」

ルークには言葉が何もなかった。死という不条理の前に人は何もできない。一ミリも動かすことができない厚い壁の前で人はただ、考える力さえ奪われ、立ち尽くす。

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