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眼下に「ガリラヤの海」が見えてきた。ヘルモン山の雪どけ水や、夏の地面におりる露を集めて流れ下る川の水が、ひとまず、この内陸の「海」に集められる。ここからヨルダン川の流れとなって、時に急流になり、時に蛇行する穏やかな大河になりながら、大海の海面より四百メートルも低いところにある「塩の海(死海)」に注ぎ込むのだ。
ガリラヤ湖畔のカペルナウムに着いた。地方の都市にしては多くの人口がある町だ。二階建ての大きな家も多い。湖沿いには人々が集まる会堂があり、市場も賑わいを見せていた。この「海辺の」町でピーターとアンドリューの父は漁師の仕事をしている。ガリラヤ湖は豊かな漁場となっているのだ。ダイナとルークは、ピーターの家に一泊した。翌朝、ナザレまでの荷運びはすぐに見つかった。
別れ際にピーターは叫んだ。
「『歌うたい』によろしくな。いい奴だよ…。ルークもこっちへ来たら、また俺の家に寄ってくれよな。じゃあな」
ナザレまでの道のりはまた上り坂になる。夏の日差しを受けて歩きながら、ダイナはふるさとの町と両親についてヘブライ語で多くのことを語った。
「たいへんな旅になってしまったわね。後悔してない?」
「ぜんぜん。きっと母さんの国を好きになるよ。でもやっぱり想像したとおりの田舎だね。山ばっかりだ。緑が多いね。見たこともない動物や植物がいっぱいあるよ。調べて覚えるのが楽しみだよ」
「あなたのおじいさんはこの土地のものなら何でも知っているわよ。教えてくれるといいわね」
「おじいさんとおばあさんは僕たちを許してくれるのかな」
ダイナは口をまっすぐに結んで言った。
「許していただかなくてはならないわ。大丈夫。エホバは許しの神だから」
ダイナが頼みとしている神をたたえる「詩篇」にはこのように書かれている。
エホバはあはれみと恩恵に満ちて
怒りたまうこと遅く
仁慈(めぐみ)ゆたかにましませり
恒(つね)にせむることをせず
永遠にいかりを懐(いだ)き たまはざるなり
(詩篇103:8-10)
次の日の午後、ダイナの目に、昔と変わらないナザレの町が見えてきた。ローマから吹き寄せる近代化の風もこの小さな町にはまだ届いていないようだった。緑にあふれる田舎町だ。
ダイナは慣れた足どりで東の丘のふもとにある家を目指した。ルークと、荷運びのロバを引く老人が後に続いている。見覚えのある家や人々の姿が途中で見えたが、ダイナとルークは見知らぬ旅人に見えるようだ。声をかけてくる人はいない。
その小さな石造りの家はナザレの町の中央を通る道を突き当りまで行ったところにあった。子どものときのままの家だった。庭には父親が金物を作るための作業小屋と家畜小屋が相変わらず並んで立っている。夏の午後の日差しを受けて、田舎の家は豊かな緑に囲まれていた。青空には雲ひとつなかった。
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