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一般に、原始キリスト教(Primitive Christianity)は、西暦1世紀にイエス・キリストの死後、弟子たちによる宣教が始まった時(西暦33年ころ)をもって、その出発点とされています。しかし、当研究会では、イエスの教えと忠実な弟子たちの教えとの間に、何の違いもあり得ないという信念から、イエス・キリストが宣教を開始された時(西暦29年ころ)をもって、その出発点であると考えます。
ここでは、後代になって徐々に侵入してきた、様々な不純な教えの影響を少しも受けていない…不純物を入れない純粋なぶどう酒のように…真正なキリスト教という意味で、「原始キリスト教」という言葉を用います。また、「初期キリスト教」(Early Christianity)という言葉と同義のものとして用います。
不純物が入り込み始めたころを、厳密に特定することは難しいのですが、西暦150年くらいまでの、いわゆる「使徒教父」のうちの真に忠実と言える数人が活動したころをもって、「純粋」な期間の終わりと考えます。
その後も、個々のクリスチャンの中には、「純粋」なキリスト教を実践しようと務めた「光」のような人たちがいたと思われますが、全体としては霊的な「暗黒」へと飲み込まれてしまいました。
「不純な教え」として当研究会が識別しているものには、「教階制度」「三位一体」「霊魂不滅」「マリア崇拝」「聖人崇拝」などがあります。
こうした教えによって、原始キリスト教からの逸脱がどのように進んでいったのか?
「原始キリスト教からの逸脱」というテーマで掘り下げたいと思っています。
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