(注:「原始キリスト教研究会」は架空の、つまり想像上のものです)
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「原始キリスト教研究会」は、どのように組織されているのでしょうか?
初期のころの様子を知る、セイラー・シーガルはこのように述べています。
「西暦1920年、ロンドンでの10人ほどの小さな集まりが、私たちの始まりです。それは組織と呼べるほどのものではありませんでした。実際それは親しい友人たちとの夕食会だったのです。教会の牧師をしている者も一人いましたが、他は実業家、牧場の経営者、学校の教師、普通のサラリーマンであり、残りはその妻たちでした。私たちは非常に話が合い、月に一度の夕食会を毎回楽しみにしていたのでした。子どもたちをナースに預けての数時間の良い気晴らしだったのです。
牧師のジョナサン・パロットの持つ、心の悩みが打ち明けられたことが、事の発端となりました。ジョナサンは、18世紀に生きた数学者であるウィリアム・ウィストンが記した「原始キリスト教復興」という本を読み、現代では多くの教会が教えている「三位一体」の教えが間違いではないかと考え始めていたのでした。そのことは私たちに大きな衝撃をもたらしました。ほとんどの私たちは、その伝統的な教えを疑うことなく受け入れていたからです。いえ、じつのところは、本当に信仰心があったのは、ジョナサンだけだったと言っても良いのかもしれません。私たちは、宗教は先祖から受け継ぎ、それを子供たちにも継いでいけば良いものだと考えていたのでした。
一人が提案しました。「ジョナサンの悩みを我々が解決してあげようではないか。皆、自分の家でその本を読んで、何が正しいのかを考えてくるのだ。次回の夕食会のときに、多数決をとろう。神さまが導いてくださるかもしれないな」
皆、その提案に賛同しました。内心では、すぐに三位一体の正しさが証明されるさ、と考えていたのでした。ところが、本当に神さまは導いてくださった! 何と、ひと月後の夕食会では、全員一致で「三位一体」は間違っているとの結論に達していたのでした。皆は興奮していました。持ち寄った聖書の多くの個所の、アンダーラインが引かれた字句が光り輝いているように思えたのです。その後、集まりは月に二回になり、すぐに毎週の研究会になりました。関心を持つ友人たちの数も急速に増えていきました」
小さな始まりから2年後には、英国の数か所で「研究会」が定期的に開かれるようになっていました。5年後には、アメリカ、カナダ、フランス、スイス、ドイツで「研究会」が発足しました。同時に、各地の「研究会」が一堂に会する大会も開かれるようになりました。そして、自分たちをどのように組織するかということも、聖書研究の一つのテーマになりました。様々な意見が出され、一時混乱も起きましたが、私たちは「聖書に基づく組織を作る」という共通の願いのもとに、進んできました。今ある組織の姿は、完璧なものではありません。今後も、神さまの導きのままに、改善は続くでしょう。私たちは、いわば「雷のような」神の霊感を受けているとは主張していません。しかし、聖霊は「日光のように」、私たちを穏やかに成長させてくださることに確信を置いています。
さて、現在の組織の様子について少し説明しましょう。
各地の「原始キリスト教研究会」は通常、「○○コーヒーハウス」と呼ばれる集会場に集まります。○○には通常、地名が用いられます。各「コーヒーハウス」には、数人の「エルダー」と呼ばれる経験ある男子がいます。彼らを補佐する務めを持つ男子は「サーバント」と呼ばれ、たいてい数名が選ばれます。この呼び名は聖書に基づくものです(フィリピ1:1、テモテ①5:17)。彼らの務めは集まる人々の世話をすることですので、「世話役」という意味の英語で「ケアリング・デューティー」とも呼ばれます。略して単に「ケアリング」とか「デューティー」と呼ぶ場合があります。(日本では「ケアさん」「世話役さん」がよく使われている)
各国内の「ハウス」をまとめて導くために「支部センターハウス」が設けられます。そこではボランティアの働きによって、印刷業務なども行われています。全世界をまとめて導くために「本部センターハウス」が、現在はロンドンの郊外にあります。
支部や本部の「センターハウス」では、経験を持ち、愛と謙遜さの資質を持つ数名の人が、やはり「ケアリング・デューティー」と呼ばれて働きます。人数にもよりますが、通常は2年ないし3年ごとに半数づつ入れ替わります。連続して2期を務めることはできません。また、最高で3期までと定められています。「本部ケアリング・デューティー」にはたいてい高齢の男子が選ばれますので、彼らは「ケアリング・グランパ」とか「グランパ」という愛称で呼ばれています。もっとも、最近ではどこの国でも、高齢の兄弟を「グランパ」、高齢の姉妹を「グランマ」と呼ぶようになっていますので、誰が支部あるいは本部のグランパなのか分からないような状況になっています。本人たちもあまり意識していないようです。「サンキュー、グランパ!」「サンキュー、グランマ!」という言葉を集会や大会で、よく耳にします。
私たちはボランティアで、熱心に宣べ伝えたり、仲間のために働いたりすることに多くの時間を当てます。「ハウス」ごとに「ナザレ人(奉仕)」という特別な奉仕活動をすることが承認されます。これも聖書に基づく立場です(民数記6章文語訳)。各自は祈りのうちに、神さまと約束をします。たとえば「今月は宣べ伝える活動に○時間を費やす努力をします」とか「夏の間、○○ハウスの集会場の建設に専念します」など、神さまのために働くことを決意して、個人的な祈りの中で約束をすることを「ナザレ人になる」とか「ナザレ人奉仕をする」と言います。これは特に公表する必要はありませんが、「ハウス」の「エルダー」に相談して、無理のない計画を示し、承認を得る必要があります。「ハウス」には単に「○○兄弟は○○の間、ナザレ人奉仕をすることが承認されました」とだけ発表されます。約束が達成されたかどうかを報告する義務はありません。
「原始キリスト教研究会」の組織を語るうえで、欠かすことができないものが「ライオン・ポスト」の存在でしょう。
各地の集会場である「コーヒーハウス」には必ず、投書箱が置かれています。これはライオンの顔や姿をかたどった形をしているので「ライオンポスト」と呼ばれています。ウィリアム・ウィストンの時代の、ロンドンの一つの「コーヒーハウス」に置かれていた投書箱がその起源となっています。初期のパロットたちの研究会でも、投書は毎回の恒例となっていました。
各地の「ハウス」で行われる集会や聖書研究の折に、誰でもが自由に投書を行なうことができます。学んだ事柄に対する感想や意見、また質問など、どんな投書でも歓迎されています。各「ハウス」の教える立場の人たちは、これを参考にして話や聖書研究に活かします。また、重要な価値があると判断された投書は、各国の支部と英国の本部に送られます。実際に、こうした投書の中から得られた聖書理解の前進や組織改善の方策は、現在の「原始キリスト教研究会」の根幹をなしていると言っても良いでしょう。神は「幼子(おさなご)」の口にも賛美を与える方ですので(マタイ21:16)、誰の口を通して導きを与えてくださるのかわかりません。「小さきもの」(マタイ25:40)を侮らないようにする必要があるのです。
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