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また雪が降ってきそうな曇り空の朝でした。トモとソランは寒くないようにきっちりと支度をして木の洞穴から出てきました。足には雪の上を歩きやすいようにカンジキをつけました。きのう、母のトモが作ったものです。木の枝を丸く輪のようまげて作ります。

ソランはカンジキをつけるのは初めてでした。雪の上を歩くことが楽しくなりました。細い木の蔓と草のわらでしっかりとわら靴をはいた足にくくりつけます。体にもむしろを巻きました。頭にはわらの笠をかぶります。眠るためのむしろと食べ物などの荷物を持つとソランは体が少し重くなったように感じました。母のトモの荷物はもっとずっと多いのですが、フジミ村のセイタカおじいさんからもらった背負子に上手にのせて背中に背負って歩きます。

子犬のジミーは雪の上を歩くことができません。ソランが肩からぶら下げている竹のカゴの中でおとなしくしています。

さあ、出発です。二人はモノミ山を越えていくことにしました。一番近い道だったからです。でも、ちゃんとした道があるわけではありません。二人が通るところに足跡がついて道ができるということでした。

モノミ山の頂上に着くと一休みです。昨日からの雪でどこもかしこも真っ白な眺めでしたが、遠くまで見ることができました。東側には灰色の海の向こうに大きな島や小さな島が見えました。海辺にある小さな村も見えます。海のずっと遠くに双子のように並んでいる高い山が見えました。フジミ村の方角には森の梢がたくさん見えましたが、村は見えません。フジ山も曇っていて見えません。

西の方角にはトモの生まれ育ったサク村があるはずですが、近くの山や遠くの山に隠れて、見ることはできません。まだまだ何日も何日も歩かなくてはたどりつくことができない遠いところにあるのです。

「ソラン、見てごらん」

トモが雪の斜面を指差しました。茶色い動物が動いています。よく見ると二匹の野ウサギです。一匹がもう一匹を追いかけて跳ね回っています。

「きっと恋人同士ね」とトモが楽しそうに言いました。

「恋人ってなあに?」とソランは尋ねます。

「そうねぇ、もうすぐ結婚する仲良しの二人のことね」

「ふーん、結婚するんだ。結婚したら子供が生まれるんでしょ」

「そうよ。ウサギさんたちはきっとたくさんの子供を産むわね。百匹は産むかもしれないわ」

「ええっ、百匹も?! お母さんとお父さんの子供はぼく一人だね。お父さんはもう死んでしまったけど。お父さんとお母さんも結婚する前は恋人同士だったんだね」

トモは片方の頬にえくぼを見せて答えます。

「そうよ。でも知り合ってすぐに結婚したから、結婚した後に恋人になったようなものかな。ソランが生まれてくれてお父さんもわたしも本当に幸せだったわ。お父さんはとても優しい人だった。ソランとよく似ているわ。小さいときはソランと同じように虫も殺すことができなかったんだって」

「そうなんだ。でもお父さんは勇士だったよね。相撲も強かったし。僕も大きくなったら勇士になれるかな?」

「もちろんよ。ソランは誰にも負けない優しくて強い勇士になれるわよ。わたしを守ってね」

「うん」

ソランの胸は大きく膨らみました。

《優しくて強い勇士。うん、ぼくはきっとなるぞ》

 

モノミ山を下って海沿いの小さな村を目指します。カンジキは積もった柔らかな雪の上を歩くのにとっても役立ちます。足が雪の中に埋まらないようにしてくれるのです。でも木が生えた山の斜面を下ることは楽ではありません。細い木の枝がピシッと顔にあたってとても痛いこともありますし、一歩一歩ゆっくり歩かないと雪の下のとがった石や木の根っこにつまづいて転んでしまいます。

でも息を弾ませながら歩いている母と子を楽しませてくれるものもありました。それはたくさんの鳥たちです。

雪をかぶった低い木に赤い実がたくさんなっていました。緑色をした小鳥が四羽、チュイチュイと鳴きながら忙しく実を食べています。目の周りが白い色をしていました。

「メジロよ」とトモがソランに教えてくれました。

「鳴いたり食べたり忙しそうだね」とソランは四羽のメジロを珍しそうに眺めました。そのうちに一匹、また一匹とどこかへ飛んで行ってしまいました。

「家に帰るのかな」

「そうね。お母さんが心配して待っているのよ」

「メジロのおうちはどこにあるの?」

「木の上にお椀のような形の巣があるのよ。わたしが子供のころにも村の周りにたくさん巣があったのよ。お父さんがメジロを捕まえてカゴで飼っていたわ。とってもいい声で鳴くメジロは、みんなが借りに来るのよ。おとりにしてほかのメジロを捕まえるためにね」

「ふーん。メジロを捕まえて食べちゃうの?」

「大丈夫。食べたりなんかしなかったわ。鳴き声の競争をするためよ。毎年、鳴き声の『大将』を決める試合まであるのよ。わたしが捕まえた鳥が『大将』になったこともあったの」

トモは懐かしそうに微笑みました。

ソランはメジロが食べていた小さな赤い実をとって自分も食べてみました。少しだけ甘さがありましたが、とても食べられませんでした。

「子供のころ歌った歌を思い出したわ」

トモは歌いだしました。

 

赤い実甘いかホトトギス

おらにも分けておくんなよ

かわりにキビモチくれましょう

お山を飛んでくコウノトリ

翼をわけておくんなよ

かわりに両の手くれましょう

子ども四ひきメジロさん

おらにも分けておくんなよ

かわりに娘をくれましょう

 

「えっ、かわりに娘をあげちゃうの?」とソランはびっくりしました。

「そうね。変な歌ね。子供が悪いことをしたときに叱るための歌なのかもしれないわね。誰が初めに歌ったのかわからないのよ。昔からある歌なの」

ソランは、たいていの歌は一度聞くと覚えてしまいます。何度も何度も繰り返し歌うのです。この歌もお気に入りの歌になるのでした。

モノミ山を下り始めてから四時間くらいたちました。カンジキを履いた足がとても冷たくなりました。雪がまた降り始めました。途中で少し休んで干し芋と干し柿を食べましたが、またおなかがすき始めていました。でも、山の上から見えた村はすぐ近くです。雪が解けるまで何とかこの村に泊まらせてもらわなくてはなりません。村人たちが良い人たちならいいのですが、少し不安です。

五軒ほどの草の屋根がかたまって立っています。どの家からも暖かそうな煙が上っています。村から少し離れたところに大きな樫の木が二本ならんで立っています。冬でも緑の葉をたくさん茂らせています。どうやらこの村の入り口になっているようです。冬眠から覚めたリスが二匹、枝の上にいます。大雪に困ったような顔をしてあたりを見回しています。

トモは懐かしい気持ちになりました。故郷のサク村にも同じような樫の木が二本立っていたからです。

とつぜん、人の気配がしてトモとソランは立ち止まりました。木の切り株に小さな男の子がちょこんと座っていました。じっと座っていたので近づくまで気が付かなかったのでした。ソランは一瞬、「コボシ様だ」と思ったのですが、その子は普通の大きさの人間の子供でした。じっと二人を見つめています。

「こんにちは。この村の子ですか」

トモが笑顔で話しかけます。でも、男の子は何も答えません。少し首をかしげてじっと見つめているだけです。

《耳が聞こえないのかな》とソランは思いました。故郷に村にも、ソランと仲良しになった耳の聞こえない子がいましたが、感じが似ていたのです。

「ここはなんという名前の村なの」とトモがまた話しかけました。

男の子は唾をごくっと飲み込むようにしてから口を開きました。

「サイタ村」

「えっ!」

男の子の答えを聞いたトモは、びっくりしたような顔になりました。どこかで聞いたことがある名前だったのです。何年も昔の記憶がよみがえりました。

 

故郷の山の村の人たちが楽しそうに話し合っています。

「ははは、新しい村を作ったらなんという名前にするかの」

「そりゃあ、サク村からできる村だからサイタ村だんべ」

「ははは、咲く村から咲いた村か。こりゃあ面白い。そうすんべえ」

「ははははは」

 

トモは目を輝かせ、口を一文字に結びました。

「もしかしたら……」

その時、森の中からもう一人の男の子が走って出てきました。

「うさぎがとれたぞ」

手に野ウサギをつかんでいます。

《あの、野うさぎでなければいいな》

ソランはすぐに、モノミ山を下り始めた時に見た二匹の『恋人ウサギ』たちを思い出したのです。

切り株に座っていた男の子が言いました。

「ダ、ダメだよ。き、きょうは、安息日だよ」

「わかってるさ。勝手に弓矢にあたってきたのさ、このウサギ」と元気のいい男の子が答えます。

トモは「ああっ」と言ってその場にひざまずいてしまいました。トモにははっきりと分かったのです。この村に探している人がいることが。

トモは二人の男の子に、自分たちが宿を探していることを告げます。男の子たちはすぐに走って行って一軒の家に駆け込みます。トモとソランは手をつないで待ちました。

家から大きな男の人がうつむきながらゆっくりと出てきます。顔にはひげが豊かに生えています。トモとソランを見ると男の人はその場に立ち尽くしました。目を大きく見開いています。ソランは、その男の人の眼の色がうすい茶色であることと鼻がとても高いことに気が付きました。

トモが呼びかけます。

「ダビド!」

男の人は今までのゆっくりとした動きを忘れたように素早く駆け寄りました。そして、トモの体をきつく抱きしめたのです。まるでどこかに消えてなくなることを恐れるかのように、しっかりと。

「トモ! トモ! トモ!」

男の人は何度もトモの名前を呼んでいました。

 

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